読書貯金はじめました。

読書貯金とは私の造語です。本を要約・評価しつつ記事にして、読み返して智慧になるような記事を書いていきたいと思います。

「人はなぜ戦争をするのか エロスとタナトス/フロイト(訳:中山元)」をAmazon読み放題サービスで読んでみました。

はじめまして。
KISOと申します。
本日は、フロイトの人「人はなぜ戦争をするのか」という本についてご紹介いたします。

はてなキーワードの紹介によると、

 

フロイト(Sigmund Freud,1856.5.6-1939)

ユダヤオーストリア人の精神分析家、精神科医。人間の無意識に注目し精神分析を創始した。無意識の発見は数多ある人類の発見の一つであるが*1、「実在」としてとりだせないために批判も多い。しかし、戦争や宗教を考えるに当たっては避けては通れない道である。フロイトの生い立ちから人生に数々の考えるべきヒントがある、と言う学者もまた少なくない。 ナチスの迫害によってロンドンに逃れそこで癌のため亡くなった。

 

と、紹介されています。

 

フロイトと言いますと倫理の授業でも取り扱うことのある、精神分析学の祖とも言える方ですね。

 

ですが、そのフロイトのことを詳しく知っている方は少ないのではないでしょうか。

 

それこそ、専門的に精神分析を研究している方でなければ分からない人物なのだと思います。

 

私自身、フロイトのことは詳しくなく、精神分析入門などの書籍を書店で見かけたことがあるくらいの程度です。

 

またこの本はAmazon上ではこのような評価となっております。

2018/10/3現在 ★★★★☆(15レビュー) 。

 

それでは、本書の内容に触れていきましょう。

 

ちなみに、本書はいくつかの論文が載っている形式となっておりまして、「人はなぜ戦争をするのか」はあくまでも掲載されている論文の一つということになります。

 

他には、

 

・戦争と死に関する時評

・爽とメランコリー

・心的な人格の解明

・不安と欲動の生

 

以上の4つの論文が他に掲載されております。

 

それでは、一番最初の「人はなぜ戦争をするのか」という論文に触れていきましょう。

 

フロイトはその中で載せる一番最初のテーマとして、「暴力の役割」ということについて触れています。

 

「人間のあいだで利害が対立したときに、決着をつけるのは原則として暴力なのです。動物たちはみんなそうしているのですし、人間も動物の一種なのです。ただし人間の世界では利害の対立だけではなく、意見の対立も発生します。いまではこの意見の対立は、きわめて抽象的な次元にまで及んでいるので、暴力に頼らずに解決する技術が求められているようになりました」

 

人間としての本能と言いますか、根源的な話になってきていますね。

 

しかし、意見の対立を解決するだけであるならば、それは相手を屈服させることはなかなか難しいものだと思われます。

 

なぜならば、人間には感情があります。

 

感情があるので、意見で言い負かされたとしても、ソレに対する逆恨みであったり、嫉妬心であったり、様々な感情が渦巻いて最終的には暴力に及ぶことも少なくはありません。

 

そして、その暴力の行き着く先は”敵を殺してしまう”ということになるでしょう。

 

しかし、理性の働きがその結論に行き着かないように次の考えを示しています。

 

「人間はやがて、敵を殺してしまうのではなく、怯えさせておいてから生命を助けて利用すればよいのではないかと考え始めたのでした。すると暴力を行使する目的が、相手を殺すことではなく、服従させることになったわけです」

 

なるほど、自分に害なす者を倒すではなく、利用しようという考えですね。

 

それこそ、理性のなせる技でしょう。

 

そして、暴力から権利への道へと進んでゆくわけです。

 

一方で、法の支配を不安定にする源泉というものが存在します。

 

「第一の源泉となるのは支配者側のもので、共同体のすべての成員が従うべきだとされた法の支配をやめて、暴力が支配する状態に戻そうとする試みです」

 

「第二の源泉となるのは抑圧された人々の側のものです。抑圧された人々は、法を修正して自分たちの力を強め、それを支配者に認めさせようと絶えず試みるのです」

 

「法を変えていく源泉がもう一つありました。共同体の成員が文化的な変化を経験した場合には、方が平和的に修正されることがあります」

 

以上が法の支配を不安定にする源泉とのことです。

 

なるほど、これらが取り巻く環境を変えていく源泉ということなんでしょう。

 

しかし、そのための方法というもの出てくることがなく、結果として変化しないことも多いでしょう。

 

あくまで源泉なだけで具体的にどうこうという話ではありません。

 

ですが、人間には欲動というものが存在します。

 

その抗い難い欲動のせいで、多かれ少なかれ変化へと進んでいくのが人間というものです。

 

フロイトに言わせれば、

 

「わたしたちは、人間の欲動には二種類のものしかないと考えています。一つは、生を統一し、保存しようとする欲動です。プラトンの『饗宴』ではこの欲動をエロスと呼んでいるので、わたしたちもこれをエロス的な欲動と呼びます。性的な現象についての一般的な考え方を敷衍して適用すれば、これを性的な欲動とよぶこともできるでしょう。もう一つの欲動は、破壊し、殺害しようとする欲動で、これを攻撃欲動や破壊欲動と総称しています」

 

とのことです。

 

それでは、どうしたら良いのか。

 

「人間の攻撃的な傾向を完全に消滅させることを目指すべきではないのです。この欲動を別の場所に向けて、戦争においてその表現をみいださないようにすれば良いのですから」

 

と、言っています。

 

しかし、具体的にどうしたら、その攻撃性を他に向けることが出来るのかということには論じられていません。

 

フロイトはあくまでも根源的なことについて述べています。

 

無責任のような気もしますが、もしかしたらフロイトはその方法というものを未来に生きる人に託したくてあえて記さなかったのかもしれません。

 

それでは、本日はここまでとなります。

また、次回の記事でお会いしましょう。