読書貯金はじめました。

読書貯金とは私の造語です。本を要約・評価しつつ記事にして、読み返して智慧になるような記事を書いていきたいと思います。

「ヰタ・セクスアリス/森鴎外」を青空文庫で読んでみました。

はじめまして。
KISOと申します。
本日は、森鴎外の「ヰタ・セクスアリス」という本についてご紹介いたします。

Amazonの著者紹介によると、

 

1862年島根県鹿足郡津和野町に生まれる。本名林太郎。小説家。東京大学医学部卒業。1884年、ドイツに留学。帰国後、陸軍軍医学校教官・学校長となる。日清・日露戦争には軍医部長として出征。のち陸軍軍医総監。代表作には、翻訳『即興詩人』『ファウスト』、小説『ヰタ・セクスリアス』『青年』『雁』、歴史小説『興津弥五右衛門の遺書』『護持院原の敵討』『大塩平八郎』『堺事件』『山椒大夫』『高瀬舟』、史伝『渋江抽斎』『伊沢蘭軒』など。1922年没。

 
と、紹介されています。

 

まあ、これだけ記述されていますが、森鴎外は教科書にも載っている方ですしご存知の方は多いのではないでしょうか。

 

ちなみに、森鴎外は5歳で論語を覚えたり、12歳で現在の東京大学医学部へ入学したり、神童的な逸話が多いです。

 

ちなみに甘いものが好きで、饅頭茶漬けなるものを食べていたそうです。

 

そんな森鴎外ですが、私が初めて森号外の作品に触れたのは高校生の時でありまして、「舞姫」を現代文の授業で読んだ時だったでしょうか。

 

ヰタ・セクスアリス」とは、その「舞姫」の前日譚的物語のようなものとなっております。

 

もっとも、登場人物の名前を変えて自伝的な内容を書いているので、そのように私が感じているだけです。

 

作品としてのつながりは特別ありません。


時に、「ヰタ・セクスアリス」はAmazon上ではこのような評価となっております。

2018/10/15現在 ★★★★☆(26レビュー) 。

それでは、早速本書に対する所感を述べていきたいと思います。

まず、この本は森鴎外の自伝的な物語となっています。

 

しかも、子どもの頃から21歳で留学するまでの自伝的な性欲史という何とも変態的な話の構成となっています。

 

もっとも、主人公が時折哲学的で含蓄ある言葉を使うため、安易にただの変態的な作品と言えないところがこの作品の面白いところです。

 

たとえば、

 

「あらゆる芸術は”Libeswerburg”である。口説くのである。性欲を公衆に向かって発揮しているのであると論じている。そうして見ると、月経の血が戸惑いをして鼻からでるこよもあるように、性欲が絵画になったり、彫刻になったり、音楽になったり、小説脚本になったりするということである」

 

「性欲の目金をかけて見れば、人間のあらゆる出来事の発動機は、一として性欲ならざる話である」

 

……うーん、やっぱり普通に変態的かもしれないです。

 

ちなみに、”Libeswerburg”を意訳するならば、”愛の表明”とでも言えば良いのでしょうか。

 

ただ、これらの文章から読み取れることとしては、芸術は理性で支配するものではなく、本能で支配するべき愛の讃歌だということでしょう。

 

そして、特に注目すべき表現が後半部分にあります。

 

「僕はどんな芸術品でも、自己弁護でないものは無いように思う。それは人生が自己弁護であるからである。あらゆる生物が自己弁護であるからである」

 

これは作中で、自分の性的意識あるいは性的欲求が普通の人たちとは少し変わっているのかもしれないということに対する言い訳なのでしょう。

 

最初に述べさせていただいたとおり、「ヰタ・セクスアリス」とは森鴎外がどのように性欲が刺激されていき抗うことができなくなっていくかということを擬似的に表現した小説となっております。

 

実は、この作品は最初にこのようなことを述べています。

 

「小説家とか詩人とかいう人間には、性欲の上には異常があるかも知れない」

 

これこそ、森鴎外自身が自分の性欲の抱き方が他人とは違っているのかもしれないという疑いを自分にかけてしまい、その後に「人生とは自己弁護そのものなのだから、これでも一種の当たり前」だと訴えかけているものだと考えられます。

 

真相としては、本人しかわからない部分になるのでさらに掘り下げることは少々難しいものでありますが、まあ、「舞姫」を読んでみても森鴎外が結構な変人であるということは察することが出来るかも知れません。

 

ちなみに、「ヰタ・セクスアリス」の主人公である金井湛は、中年の女性だか婆々だか分かりませんが、自分よりもずっと年上の女性を相手にした時に限って、

 

「僕の抵抗力を麻痺させたのは、確かに僕の性欲であった」

 

とか言っています。

 

まあ、現代では珍しくないのかも知れませんが、当時の熟女好きはけっこう珍しい人種だったのではないでしょうか。

 

ただ、話は脱線してしまいますが、このような内容の小説を書いている森鴎外ですが、文章の質は個人的にとても高いと思っています。

 

明治・大正期の著名な小説家は数多く存在しますが、森鴎外ほど丁寧に小説の文章を書いている作家はいないのではないかと個人的には思います。

 

私自身、文章を書くことが好きな身でありますから、より読んで勉強をしたいところです。


それでは、本日はここまでとなります。

また、次回の記事でお会いしましょう。

 

ヰタ・セクスアリス (新潮文庫)

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ヰタ・セクスアリス