読書貯金はじめました。

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「地下室の手記/ドストエフスキー(訳:安岡治子)」をAmazon読み放題サービスで読んでみました

はじめまして。

KISOと申します。


本日は、ドストエフスキーの「地下室の手記」という本についてご紹介いたします。

 

Amazonの著者紹介によると、

 

ドストエフスキー,フョードル・ミハイロヴィチ
1821‐1881。ロシア帝政末期の作家。60年の生涯のうち、以下のような巨大な作品群を残した。『貧しき人々』『死の家の記録』『虐げられた人々』『罪と罰』『白痴』『悪霊』『未成年』『カラマーゾフの兄弟』そして『地下室の手記』。ニヒリズム無神論との葛藤を経て、キリストを理想とした全一的世界観の獲得に至る。日本を含む世界の文学に、空前絶後の影響を与えた 

安岡/治子
1956年生まれ。東京大学大学院准教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


と、紹介されています。

 

有名な作品が数多くありますが、なかなか取っつきにくい作品が多いですよね。

 

ドストエフスキーって。

 

私自身、彼の作品を読むのはこの作品が最初の一冊です。

 

正直、面白いと問われると難しいですね。

心躍るようなおもしろさがあるかというと、それまた違いますし、大声を上げて笑えるようなおもしろさがあるかというと、それまた違います。

 

もしかしたら、太宰治の作品が好きな方には、受け合いは良さそうな気がします。

地下室の手記」とはそのような作品です。

作品の始まりとしましては、主人公である男の内面に関する描写から始まります。

 

それが、いわゆる「地下室」というやつです。

 

主人公が世間に対する不満や、自分の情けなさを認めない傲慢な自意識……それらが、練り込まれた非常に醜い内容の描写となっています。

 

ですが、その醜さは多くの人間が、一度は経験しているであろう感情を的確に捉えて表現しているように感じられます。

 

たとえば、

 

「まっとうな人間が心から楽しみながら話すことのできる話題とは何か? 答え――それは、己についての話である」

 

そのような一文が本文中にありますが、一見まともなことを言っているようで、自分勝手さを正当化するために言わんとしている過剰な自意識の主張のように私には見えます。

 

そして、一方では「誓って言うが、意識しすぎること――これは病気だ。本物の病気だ」とも言っています。

 

これはドストエフスキーが意図的に書いているのか、それとも無意識のうちに書いているのかは分かりませんが、私には、主人公の無意識の矛盾が現れているように感じられます。

 

しかし、これこそが主人公のメッセージなのでしょう。

 

「文明が人間の中にはぐくむものは、ただ感覚の多面性のみだ。それ意外には、まったく何一つない」

 

「自分自身の自由な欲求、たとえどんなに突飛なものであれ、自分自身の気まぐれ、ときには狂気と見まごうばかりにまで掻き立てられた自分の妄想、こうしたものこそがすべて、例の計算し損なわれ、いかなる分類にも当てはまらず、あらゆる体系や理論を木っ端みじんに砕き飛ばしてしまう、最も有利な利益なのである」

 

「何故人間には、よりによって合理的な有利な欲求がぜひとも必要であるなどと、思いこんだのか? 人間に必要なものは、ただ一つ、自発的な欲求のみである」


意識しすぎることは病気だと唄いながら、意識しすぎた主張をする病気の主人公の物語。

それが、「地下室の手記」という物語です。

そして、後半部分は「地下室」という名の自分の世界から脱して、現実世界でのやり取りになります。

 

そこでも、主人公は本当にひねくれたやりとりを行います。

 

主人公の男は自分よりも優秀な人間たちの食事会に参加しては、嫉妬に狂いひ。僻みを訴え、それをあたかも正論であるかのように主張する。

 

そして、リーザという女性と出会い、心情の変化を繰り返していくが、結局のところは自分の横暴な考え方を主張し続けるというのが、この小説に出てくる主人公らしさなのでしょう。

 

最後に語っている言葉としても、

 

「俺にとっては、愛することは、すなわち、相手に対して横暴に振る舞い、精神的に優位に立つことを意味していた。俺は、一生涯、それより他の愛の形など、想像だにできなかった」

 

という何とも身勝手な主張で終えています。

 

はっきり言ってしまうと、健常者であれば嫌悪感を感じずにはいられない考え方なのではないでしょうか。

 

ですが、これが文学的な美学というものなのではないでしょうか。

 

人間の醜い部分を、まるで鏡のように映しだして、そこにある種の美しさを見せる。

それが、この小説なのでしょう。

 

訳者の安岡治子さんの解説部分に依りますと、

 

「人間は理性の生き物ではない、理性に反した行動をする例ははいくらでもあるではないか。地下室の住人にとっては何よりも大切なことは、たとえ理性の命じるところに反しても、個人の意志や気まぐれを自由に発揮できる権利を持つことである。それが、個性、人格を守ることだ」

 

と、説明しています。

 

この考え方が、この小説の核を成す部分なのだと思います。

 

それでは、本日はここまでとなります。

 

また、次回の記事でお会いしましょう。

地下室の手記(新潮文庫)

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地下室の手記 (光文社古典新訳文庫)

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地下室の手記

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