読書貯金はじめました。

読書貯金とは私の造語です。本を要約・評価しつつ記事にして、読み返して智慧になるような記事を書いていきたいと思います。

「饗宴/プラトン(訳:中澤務)」をAmazon読み放題サービスで読んでみました。

はじめまして。
KISOと申します。
本日は、プラトンの「饗宴」という本についてご紹介いたします。

Amazonの著者紹介によると、

プラトン
427‐347B.C.古代ギリシャを代表する哲学者。アテネの名門の家系に生まれる。師ソクラテスとの出会いとその刑死をきっかけに哲学の道に入り、40歳ころには学園「アカデメイア」を創設して、晩年まで研究・教育活動に従事した 

中澤/務
1965年生まれ。関西大学文学部教授。古代ギリシャ哲学を中心に、哲学・倫理学の諸問題を幅広く研究する(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

 
と、紹介されています。

 

実のところ、私自身プラトンの作品を読むことは初めてです。

 

哲学自体は学生時代からよく読んでおりましたが、ギリシャ哲学は何故か読んでいなかったんですよね……。

 

私が哲学書を読み始めた際、何が初めての本だったのか……。

 

学生時代にお世話になった教授がカントを研究していたので、ドイツ哲学から入っていったような気もしますし、ベーコンが好きでイギリス哲学にのめり込んでいたようなような気もします。

 

最終的にはパスカルが好きで、フランス哲学に落ち着いたような気もします。

 

ああ、しかしキルケゴールもの考え方も……と、あまりここで話しすぎても切りがありませんね。

 

それでは、書評の方へといきましょう。

饗宴に関してはAmazon上でこのような評価となっております。

2018/9/30現在 ★★★★☆(10レビュー。実際は★4.5) 。

さすが歴史ある哲学書なだけあって高い評価ですね。

それでは、早速所感を述べていきたいと思います。

まず、この本は人間の欲求について述べている箇所が多々見受けられます。

 

それが、ソクラテスという主人公とその他多くの弁論家や哲学者と討論するような形で話が進められていきます。

 

そして、内容の多くに置いてギリシア神話の愛の神であるエロスをテーマに取り上げて話を進めます。

 

エロスが人間にとってどのような神であるのかを考えつつ、人間の精神的な欲求、肉体的な欲求の二つに分類してアプローチしているのです。

 

正直、当時の価値観に基づいて繰り広げられる思想になりますでの、現代においてそのまま役立つかと問われますと微妙なところではあります。

 

しかし、それでも含蓄のある言葉があることも事実です。

 

たとえば、

 

「愚劣な人間とは、あの、俗な愛し方をする人のことです。それは心よりも体を愛する人でした。そのような人は永続的に愛し続ける人とは言えません。永続的なものをあいしているのではないからです。実際、そのような人は体を愛していますから、その体の美しさが失われると、たくさんのことばと約束を足蹴にしてしまうのです」

 

と、言っている文章があります。

 

しかし、私個人としては姿形は人間の第一印象になるので体を愛すること自体は悪いことではないとは思いますし、必ずしも間違っているとは思いません。

 

ですが、その姿形は変わるものでありますから、変わった時点で愛することは叶わなくなるということも事実なのだと思います。

 

一方で、精神的な部分に関しましては、そうそう変わるものではありません。

 

人間の根本的な性格や心根に関しましては、思春期時代に築かれたものから大きく変わることもではないと思いますので、人間の内面を愛せる人はある意味では最強なのでしょう。

 

それこそ、永遠にその人を愛せるということなのですから。

 

もっとも、それが難しくなかなかできないことだからこそ、このようなことを本書でも言っているのだとは思いますが……。

 

人間は視覚からの印象に取らされやすいものですし、心なんて目に見えないものだけで判断することは普通の人では出来ないものだと思います。

 

また、時折、本書の中では智慧を愛するという意味での哲学にも触れています。

 

「それならば、賢くないものは、愚かなのであろうか? 賢さと愚かさの間に、別の何かがあることに気づかぬのか?」

 

「それは、いったい何なのですか?」

 

「思っていることは正しいのに、それをきちんと説明ですることができない――そんな状態だ」

 

「おわかりか。これでは知っているとはいえぬ。なぜなら、きちんとした説明もできぬものを、どうして知識といえようか。しかし、愚かさでもない。なぜなら、真実を言い当てているのに、どうして愚かさといえるのか。〈正しい思い〉とは、まさにこのようなものであり、賢さと愚かさのあいだにあるものなのだ」

 

と、述べられています。

 

このやり取りには、ハッと思い知らされる方も多いのではないでしょうか。

 

正直、私自身、この箇所に関しては心当たりがありすぎてぐうの音も出ない状態です。

 

やはり、知識とは説明できてこそ知識なんですね。


それでは、本日はここまでとなります。

また、次回の記事でお会いしましょう。
 

饗宴 (光文社古典新訳文庫)

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饗宴 (岩波文庫)

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