読書貯金はじめました。

読書貯金とは私の造語です。本を要約・評価しつつ記事にして、読み返して智慧になるような記事を書いていきたいと思います。

「人生論ノート/三木清」を青空文庫で読んでみました。

はじめまして。
KISOと申します。
本日は、三木清の「人生論ノート」という本についてご紹介いたします。

Amazonの著者紹介によると、

 

三木/清
1897‐1945。兵庫県生れ。京都帝大で西田幾多郎に学んだ後、ドイツに留学、リッケルトハイデッガーの教えを受け、帰国後の処女作『パスカルに於ける人間の研究』で哲学界に衝撃を与えた。法政大学教授となってからは、唯物史観の人間学的基礎づけを試みるが、1930年、治安維持法違反で投獄、教職を失う。その後、活発な著作活動に入るが、再び検挙され、敗戦直後、獄死した(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 

 

と、紹介されています。

 

日本人で有名な哲学者を挙げるならば、真っ先に挙げられるほどに有名な西田幾多郎から教えを受けた上で、ドイツの名だたる哲人からも学んでいるという経歴から察するに、ドイツよりとはいえ哲学のイロハをしっかりと学んでいることが伺えます。

 

まあ、ドイツで哲学を学んでいるにも関わらず、代表作が処女作が「パスカルに於ける人間の研究」というのは少し不思議ではあります。

 

パスカルはフランス人なので、フランスで学んだほうが良かったのではないかと素人ながらに思います。

 

ドイツに留学したのであれば、ハイデガーにおける人間の研究とか、カントにおける人間の研究の方がしっくりきたのですが……。


ちなみに、彼の書いたこの本はAmazon上ではこのような評価となっております。

2018/9/26現在 ★★★☆☆(14レビュー) 。

 

実際は、★3.5となっています。


それでは、早速本書に対する所感を述べていきたいと思います。

まず、この本は、「死について」であったり、「幸福について」であったり、または、習慣、または虚栄という具合に、様々なテーマに触れて論じていくような内容となっています。

 

人生を歩んでいくにしたがって、一度は考えてしまうであろうことについて触れているのです。

 

私個人として特に印象的だった内容は、「名誉心について」というテーマで述べられた言葉です。

 

「人生に対してどんなに厳格な人間も名誉心を放棄しないだろう。ストイックというのはむしろ名誉心と区別して、社会に惑わされない者のことである。その区別ができない場合、ストイックと言っても一つの虚栄に過ぎぬ。虚栄心はまず社会を対象としている。しかるに名誉心はまず自己を対象とする。虚栄心が対世間的であるのに反して、名誉心は自己の品位についての自覚である。(中略)虚栄心の虜になる時、人間は自己を失い、個人の独自性の意識を失うのが常である」

 

世間一般的なストイックのイメージとはだいぶかけ離れている言葉なのではないでしょうか。

 

ストイックと言いますと、インターネットで調べると、「禁欲的」とか、「厳格的」というような意味がよく出てくると思います。

 

ですが、著者によりますと社会に惑わされること無く、自己を対象にしており、自己の品位についての自覚を持つことが、ストイックさだと言っているように感じられます。

 

それが、自分ありきではなく社会ありきの気の持ち方となってしまうと、それは名誉心から虚栄心へとたちまち堕落してしまうとのことです。

 

私自身、一般会社員として生活している身ですので、大変耳が痛い言葉です。

 

続いて、「幸福について」というテーマでは述べていることに触れてみます。

 

「幸福は人格である。人が外套を脱ぎ捨てるようにいつでも気楽に他の幸福は脱ぎ捨てることのできる者が最も幸福な人である。しかし真の幸福は、彼はこれを捨て去らないし、捨て去ることもできない。彼の幸福は彼の生命と同じように彼自身と一つのものである。この幸福をもってはかれはあらゆる困難と戦うのである。幸福を武器として戦う者のみが倒れてもなお幸福である」

 

なかなか難しい言葉ですね。

 

私なりに感じ取ったことにはなりますが、幸福であるからこそ、幸福を武器にしてその他を犠牲にしてなんだって出来るということなんだと思います。

 

実際、自分が幸福で満たされているならば、億劫になって何もできなくなるということもありませんし、ネガティブな思考で負のスパイラルに溺れるようなこともないでしょう。

 

まず、人間が新たな行動を起こす。

 

何か新しいことをする。

 

やりたいことをやる。

 

そうなる前には、幸福になる必要があるということなのかもしれません。

 

正直、矛盾しているようで難しい話です。

 

ですが、少なからず幸福なのだとしたら多かれ少なかれ心に余裕というものが出来ると思うのです。

 

ですから、私が思うに小さなことにでも幸せを感じて、少しでも幸福で心の中を満たすことが、幸福を武器として前向きな一歩を踏み出すことが出来るということなのではないでしょうか。

 

そのため、大きな幸福ではなくてもいいから、小さな幸福で心を満たしていくことが生きていくためには必要なことのように感じられます。


それでは、本日はここまでとなります。

また、次回の記事でお会いしましょう。

人生論ノート

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人生論ノート

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